電気は発電所から最終需要地まで電線や変圧器を経由して送られる。この過程で銅損と鉄損による電力エネルギー損失が生じる。銅損はジュール効果により発生する。すなわち、電線の電気抵抗にうちかって電流が流れるとき電力の一部が熱になって失われる。その量は総電力需要量の5%と推定されている。鉄損は変圧器の鉄心材料による電力損失であり、その量は総電力需要量の1%と推定されている。

さらに最終的に電気エネルギーを使用する段階でも、モーターや変圧器が使用される。ここでも、これらの電気機器に使用される材料の銅損と鉄損が生じる。このうち鉄損による電力損失は、総電力需要量の2.4%と推定されている。この結果、鉄損による電力損失は合わせて総電力需要量の3.4%となる。年間の総電力需要量は、日本では9千9百億キロワット時、世界では13兆9百億キロワット時(日本エネルギー経済研究所統計、1995年)であるので、鉄損による年間の電力損失は、日本では約3百億キロワット時、世界では約4千億キロワット時に相当する。この日本全体の電力損失は北海道の年間総需要量、あるいは現在日本最大の発電所である鹿島火力の年間発電量の約1.5倍に相当する。この鉄損による電力エネルギーの損失は、電磁鋼板の改良によって減少させることができる。

図は過去の変圧器用電磁鋼板の鉄損値の推移を、そのときどきの最高級品の例で示している。1940年から1960年にかけては、電磁鋼板の結晶方位を制御した方向性電磁鋼板の開発によって、鉄損は大きく低下した。結晶方位制御技術により、珪素含有量が3.25%でも飽和磁束密度を低下させることなく、低鉄損の鋼板を製造できるようになった。その後も鉄損は、鋼の高純度化技術の実用化、絶縁皮膜の改善、板厚の低減などによって低下を続け、1970年代には結晶方位の集積度の向上により、1980年代には磁区細分化技術の実用化によって、さらに一段と低下した。

このような電磁鋼板の鉄損の低下は、送配電時の電力エネルギー損失の低減のほか、冷蔵庫、洗濯機、エアコンなど家庭用電気製品のモーターの小型化や効率化にも大きく貢献してきた。今後も、電磁鋼板の鉄損の一層の低下が、エネルギー資源を節減し、炭酸ガスの放出を低減しながら人びとの生活向上を図るという“持続可能な発展”の実現に大きく貢献することが期待される。