図(a)は、鋼浴に加えた撹拌エネルギー密度が増すと溶鋼の流動が強化され、均一混合時間τが短くなることを示している。撹拌の方法を問わず図に示す関係が成立し、溶鋼トンあたり200ワットで撹拌すると、均一混合に要する時間は、約一桁も短くなる。鋼浴の撹拌、環流速度を増すと、どれほど総括物質移動速度が大きくなるかという2、3の実例を下に示す。図(b)は鋼浴撹拌用に転炉炉体底部からガスを吹き込み、均一混合時間τを著しく小さくした例である。τが小さく溶鋼の環流速度Qが大きいほど、酸素ガスが鋼浴と触れる部分に運ばれる炭素の質量流束も大きくなる。したがって、炭素の物質移動速度が増大し、優先的に酸化、脱炭されるし、溶鋼が酸化され酸化鉄となって、スラグ中に失われる度合いも減る。

この利点は低炭素濃度域で顕著になる。これを図(c)に示す。この図では炉内の酸素分圧Po2と反応界面に供給される酸素流量Vo2(酸素の質量流束)の積を、溶鋼環流速度Qと溶鋼比重ρの積(炭素の質量流束に対応)で除した値を指数に用いている。この指数はISCO値(Index for Selective Carbon Oxidation)と呼ばれる。図(b)で上吹き転炉のτは100秒強であり、これに対応するISCO値は図(c)で約230、一方底吹き転炉のτは12秒前後、ISCO値は約60である。図(c)に見られるように、τが100秒強から12秒に、これに対するISCO値が230から60に低下することにより、鋼浴が酸化されて生成したスラグ中の鉄酸化物は、全鉄分として約23%から10%へと大幅に減少している。このように、撹拌の結果τが小さく(Qが大きく)、したがってISCO値が小さくなるほど、炭素の酸化の総括物質移動速度が大きくなり、溶鋼の酸化損失が減り、鉄歩留りが向上する。

総括物質移動速度が、Qあるいは1/τとともに著しく増加する関係は、ガス/メタル間で起こる脱炭のみならず、スラグ/メタル間の脱燐、脱硫についても成立する。また、この関係は、脱酸剤(Al)投入後、鋼浴中に懸濁しているアルミナなどの酸化物系介在物を除去する脱酸についても成立する。この一例として、VOD炉内のアルミキルドステンレス溶鋼中に、アルゴンガスを底吹きにした結果を図(d)に示す。底吹きガス流量を20から70Nリットル/分に増すと、Qは10から40トン/分となり、その結果脱酸の物質移動容量係数は1から2/分へと倍増した。溶鋼を撹拌すると渦ができ、渦内の速度勾配で介在物同士が衝突・凝集肥大し、臨界径以上になると系外に浮上分離する。Qが大きく、が大きいほど、渦の数と速度勾配が大きいため、kは大きくなる。

このようにいろいろの吹き込みや撹拌操作を製・精錬反応に導入し、製銑、製鋼プロセスは著しく進歩した。この傾向は、反応容器内の、一部に高酸素ポテンシャル低温部、一部に低酸素ポテンシャル高温部を意図的につくり、前者で脱燐を、後者で脱硫を、同時に行わせるまでに発展した。これは溶銑の予備処理における同時脱燐脱硫プロセスとして実用化され、転炉吹練での脱燐・脱硫のための負荷を著しく軽減した。