鉄鉱石の還元や溶銑の脱炭のような冶金プロセスで生じる化学反応は、熱力学における自由エネルギーによって説明できる。反応系と生成系の自由エネルギーが異なる場合、化学反応は自由エネルギーが減少する方向に進み、反応系と生成系の自由エネルギーが等しくなったところで平衡する。製・精錬反応の説明には、温度と圧力と濃度を独立変数とするギブスのエネルギー(一定圧力での自由エネルギー)が使われる。製・精錬反応の基本は酸化・還元反応である。

図は、鉄鋼の製造にかかわる化学反応により元素の酸化物が生成するときの、標準ギブスエネルギー変化を示したものであり、エリンガム・ダイアグラムと呼ばれる。一般に、元素が酸素1モルと反応して酸化物を生成する反応は(1)式で示され、その反応の標準ギブスエネルギー変化は(2)式で与えられる。このΔG0を酸素ポテンシャルという。

マグネタイト(磁鉄鉱、Fe2O3)が、酸素と結合してヘマタイト(赤鉄鉱、Fe2O3)になる反応の例で説明すると、この反応の1,000Kにおけるギブスエネルギー変化は、A点の値から1モルあたり約200キロジュールであることがわかる。さらにA点とQ点を結んだ直線を右側欄外の線へ外挿すると、酸素分圧(Po2)が約10-6パスカル(Pa)の位置で交差する。このことは、この反応が1,000Kで10-6パスカル(Pa)の酸素分圧のガスと平衡することを示している。酸素分圧が10-6パスカル(Pa)より高いガスの中では、ヘマタイトが生成する方向に反応が進み、酸素分圧がこれより低くなるとヘマタイトが分解してマグネタイトが生成する。すなわちヘマタイトが還元されてマグネタイトになる。

一般に、金属酸化物では、高温ほど生成のギブスエネルギーの負の絶対値は小さくなるので、酸化物は不安定になり、還元されやすくなる。同様にこの図から、各酸化物の安定度が比較できる。たとえば、鉄の酸化物は、ヘマタイト、マグネタイト、ウスタイト(FeO)の順に熱力学的には還元されにくく、ウスタイトが還元される条件では、銅やニッケルの酸化物は還元されるが、アルミナや酸化チタンは還元されない。

硫化物についても、それぞれの反応にともなう生成ギブスエネルギー‐温度‐硫黄ガス分圧線図を用いて、生成する条件や変化の方向について議論することができる。鉄鋼製造時の脱硫反応を考える場合には、硫化物についてのこのような検討がまず必要である。