鉄鋼材料開発の重要な課題のひとつに、自動車用薄鋼板における強度と成形性の両立がある。この課題を独創的な方法で解決した材料が焼付硬化性鋼板である。自動車用薄鋼板において、成形性が要求されるのは材料を成形する時点であり、一方、高強度が必要なのは自動車を使う時点である。すなわち、両方の特性が同時に必要にはならない、ということに着目して焼付硬化性鋼板が開発された。

自動車用薄鋼板は、良好な成形性を維持するために、プレス成形する時点では強度はできるだけ低いことが望ましいので、鋼板中の炭素原子を固溶状態にしておく。これは鋼板製造時に、鋼板を高温から急冷することによって実現できる。急冷処理は、コイルの連続焼鈍技術が開発されたことにより工業的に可能となった。連続焼鈍が開発される前は、熱容量が大きい重いコイルをバッチ焼鈍していたので急冷が不可能であった。

鋼板をプレス成形すると転位が導入され、加工硬化作用によって強度が増加する。また、自動車の製造では組み立てられたあとに塗装、焼き付けを行う。この工程で鋼板は約440K(167℃)まで加熱される。この温度で、鋼板中に固溶している炭素原子は毎秒103〜105回の格子点間のジャンプにより拡散して、圧縮応力場を持つ転位のまわりに侵入する。その結果、転位は固着され、いわゆるひずみ時効硬化を起こす。この機構によって焼き付け後の鋼板はプレス後に比べてさらに硬化する。これが焼付硬化と呼ばれる現象である。この焼付硬化現象を利用することによって、プレス加工の時には成形性が良く、厳しい加工にも耐えるが、自動車として使用するときには硬くて、へこみが生じにくい鋼板の製造が可能になった。